公開
2017-10-24
執筆者
野嵜健秀 ( @nozakitakehide )
おことわり
「自動車は買つてみないとわからない」(2014年5月5日初版発行・はなごよみ刊)のオンライン版です。

01 はじめにコルサありき

――と言つても、ただ、親父のくるまがコルサだつた、と云ふだけの話なんですが……。


1999年、トヨタから新しいコンパクトカーのヴィッツが発売されて話題になつた。初代ヴィッツは、ヨーロッパ市場向けに開発され、合理的でありながらなかなか良い足を持つてゐるハッチバック車だつた。日本向けに足まはりは改変されてゐたが、素性が良かつたから日本でもベストセラーになつた。

その蔭で、いくつかのトヨタ車が消滅してゐる。一番小さいスターレットと、その上のクラスに當るターセル・コルサ・カローラIIの兄弟である。

うちの親父は、この中の、コルサのセダンを買つてゐた。4ドアセダンのAX-LIMITEDで、どうやら最末期の限定車らしい。その前に乗つてゐたコロナから乗換へるのに、ディーラーのセールスマンからすすめられたものを適当に買つたのだと言ふ。1.3リッターのガソリンエンジンを載せた前輪駆動車である。

うちでは当初、もつぱら親父が乗つてゐた。それは当然の話で、俺が運転免許を持つてゐなかつたからだ。何しろ自宅と市の福祉施設(あじさい会館)を週に4回、往つたり来たりだけだつたから、何年乗つても大して走行距離はのびない。乗らないとは言へ、定期的に乗つてはゐるから、さうさう調子も落ちない。15年近く乗つて、故障らしい故障をした事は一度もない。後ろのウィンカーの電球が切れたくらゐである(なじみの工場に持つて行つたら、ウィンカーが切れるまで乗る人もゐない、と云ふ事で、交換用の球がない。隅から隅まで探して、在庫が1箇やつと見附かつた)。ほかにはエアコンのフィルタがほこりまみれになつてゐたくらゐである。

親父は2010年に病気をして入院した。その頃、俺もN社の地下での仕事がなくなつて、家で遊んでゐたから、何となく思ひ立つて、自動車学校に通つてみた。親父は癌で、肺を随分切取つた。2週間入院である。父のもとには母が毎日、バスで通つた。俺はお留守番したり、学校通ひしたり。

俺が通つたのは、少し前、近くに引越してきた東急自動車学校だつた。自動車学校と言ふと教官が横柄な態度で……と、ろくな評判を聞かないが、東急はどの教官も大変に叮嚀で、こちらを客として扱つて呉れた。あとで聞いたら、N社のKさんも、引越してくる前の二子玉川にあつた頃の東急自動車学校で免許をとつた由。昔から紳士的な学校だつたさうである。

免許は3箇月くらゐでとれた。学科は、昔から交通の教則が愛読書であつた事もあつて、全く苦労しなかつた。教習は、MT(マニュアル)でとつたので、半クラッチにてこずつて1時間やり直しになつたが、まあまあ順当に修了した。教習車はシビック、かつてのベストセラーカーである。教習で乗つても、あんまり面白みを感じられないくるまだつた。エンジン音は甲高い、ホンダの音である。既に不人気車になつてゐたが、日本国内ではモデルチェンジせず、間もなく消滅した。

東京の学校だつたが、俺は神奈川県の住人なので、最後の学科試験は二俣川の運転免許試験場で受ける。発表の際に受験番号を発表するのだが、番号と番号の間が結構開いてゐる。割と落ちるものらしい。学科だけ受ければ良いので、この時はくるまに乗らず。

免許をとつたが、うちのくるまは親父のものである。練習と言ふ事で、しばらくの間、親父を横に乗せて、コルサで近所を走りまはつた。さう云ふのではあんまり練習にならない。秋から冬にかけて、本当にちよろちよろ乗つたに過ぎない。さうして、春になつたら、2011年3月11日、東北大震災に見舞はれた。ガソリンは値上りし、乗る理由も大してないので、一年ほど、くるまに乗るのをやめた。

……けれども、親父も耄碌し始めて、運転が相当怪しくなつてきた時期だつた。親父の免許更新に際して、高齢者講習などで送迎をしてから、次第に親父に代つて運転するやうになつた。兔に角、親父は運転が怪しくなつてゐるので仕方がない。俺の運転も怪しいものだが、親父は病気をするやうになり、病気では運転もできないから、俺が運転しなければならない。2013年の秋に親父は再び入院した。医者に連れて行つて、狭い駐車場に四苦八苦してくるまを押し込んだり、入院先に毎日おふくろを乗せて行つたりした。買ひ物にもくるまを使ふやうになつて、多摩のショッピングモールやケーズデンキをまはつて、ついでに山の中をぐるぐるまはつてみたりもするやうになつた。

コルサは力がなく、町田街道から多摩ニュータウンに上がる坂道で、思ひ切りアクセルペダルを踏み込まないと登らない。ATのレバーをセカンドに入れると割と元気が出るので、何とかそれで登るやうにしてゐたのだが、苦しい事にかはりはない。

平らな道でもコルサには不満を覚えるやうになつた。近所の工場地帯の中を通る道は舗装が悪い。コルサで走るとやたらハンドルを取られる。しよつちゆう通る道なので非常に困つた。おまけにコルサはハンドルの感覚が不確かで、交叉点を曲がるのにも苦労する事がある。

――そんな或日、遊びに行つたぐりーんうぉーく多摩で、ホンダがくるまを展示してゐるのを見た。N BOXやらフィットやらが並んでゐた。カタログを貰つて、説明員のをぢさんとちよつと話をした。コルサから大分進歩してゐるやうだ。そろそろコルサから乗換へようと思つた。

別の日。2回めにおはなしした時、フィット3の説明をして貰つて、簡単な金額の見積りを出して貰つた。「本社」の社員の人が名刺を呉れて、何時でも試乗や購入のお手伝をしますよ、と言つて呉れた。


この頃までは、フィットが本命だらうと思つてゐた。一往他のくるまも比較して検討してみる積りだつたけれども、何う考へてもうちの辺ではフィットが無難なところと思はれた。

条件はいくつか考へられた。が、あんまり難しく考へてもしやうがないので、最低限、チェックすべき事項を挙げてみた。その結果、以下の3点で問題がなければよしとする事にした。

・うちのガレージにをさまる事

・親父やおふくろが横やうしろに乗つてそこそこ快適である事

・買出しに行つて18リッターの灯油缶を2つ載せられる事

この条件では所謂コンパクトカーの類が買ふべきくるまと云ふ事になる。セダンでもいいが、小さいセダンは今の時代、殆ど売られてゐないし、選んでも俺にはメリットが少なさうだ。

具体的に検討すべき車種として、ホンダ・フィットの他に、スズキ・スイフト、マツダ・デミオ、フォルクスワーゲン・Up!をリストアップした。ほかに一往、日産マーチと三菱ミラージュもチェックしたが、あまり興味をひかれなかつた。トヨタ・ヴィッツは、何よりトヨタなので論外とした。トヨタ・コルサから乗換へるのにトヨタと云ふ選択肢はない――それならコルサを乗り続ければいい。アクアはいいくるまだが、ちよつと高いし、親戚が先日買つた許りなので却下。

検討すべきくるまはリストアップした。しかし、気になるくるまは他にもないわけではない。フォルクスワーゲン・ポロはとても良いくるまだと聞いてゐた(ただし、一度、C社のT氏が運転した時、横に乗せてもらつて、高速で妙な挙動を示した事がある)。ヤナセの中古車検索をためしてみたら、BMWの1シリーズが案外手頃な値段で出てゐるのに気附いた。認定中古車に俺は抵抗がない。1シリーズは少しでかいから選択肢には入れなかつたが、マツダ・アクセラがモデルチェンジした許りなので、少し気になつた。一往そのくらゐ。

それからグレードや装備品を大体決める。カーナビ不要。ETC不要。基本は街乗り、遠つ走りはあんまりしないので、いらないものはいらないと割切つた。親を乗せるので、安全装備は或程度、充実させたいところ。エアバッグなどについてチェックを入れた。

自動車は買つてみないとわからない

  1. はじめにコルサありき
  2. スズキ・スイフト
  3. マツダ・デミオ/アクセラ
  4. ホンダ・フィット
  5. フォルクスワーゲン・ポロ
  6. 好事魔多し
  7. BMW・116i(初代1シリーズ)
  8. ポロが戻つてきて……
  9. まとめ