正かなづかひは専門家だけが知ってゐればよい古い文献の忘れられし仮名遣――なのだらうか。実はさういふものではないんぢゃないか、といふことをこっそりと言ってみたい。
今や知らぬ者はゐない(と思ふ)日本を代表する玩具メーカーの任天堂。その任天堂が二〇二四年、京都府宇治市に開業した企業博物館「ニンテンドーミュージアム」。貴重な歴代の製品やパッケージの展示を見るだけでなく、様々な体感型の遊び(体験展示)も楽しめる。その体験展示のひとつに、百人一首を基にした「しぐれでんSP」がある。
手渡された専用スマホから読み札の音声が流れてくるので、大きな床の画面に並べられた取り札をそのスマホのカメラで「とる」遊び。札を他人と取り合ふのではなく、各々のスマホで別個に読み上げられる首の取り札を早くとるほど高得点といふ、複数人が得手不得手に因らず同時に楽しめるアレンジがなされてゐる。それでゐて百人一首を知ってゐれば高得点を狙へる「やりこみ要素」が残されてゐるのも面白い。
百人一首どころか日本語がわからなくても楽しめるやう、取り札にも絵柄が描かれ、個別に枠の色も付いてをり、スマホ画面と見比べながら取り札を探せるやうになってゐる。その一方、床やスマホ画面に描かれる札の文字は、百人一首の文言そのまま。つまり正かなづかひだ。
この「しぐれでんSP」は、大きな体験展示エリアの中央に据ゑられてをり、楽しむ人々が絶えることもない。テレビゲームが主力事業の現在も百人一首を製造販売してゐる任天堂の矜恃を感ずると共に、数百年前に書かれた短歌が正かなづかひのまま、かうしてのびのびと生きてゐるのだなとも思ふ。〔二〇二五年三月三日〕
いつだったかNHKの番組で名古屋のビアガーデン「マイアミ」を偶然知ったときのこと(調べたら二〇一〇年だった)。人懐こく活気に満ちた昭和の雰囲気を残すその「マイアミ」を屋上に据ゑたビルが「大名古屋ビルヂング」であった。「大名古屋」といふ大袈裟さ、そしてなにより「ビルヂング」といふ時代掛かった用字を残したその名前は、東京の田舎から碌に出たことのない俺に強烈な印象を残した。
そんな大名古屋ビルヂングであるが、竣工から五十年経つのを前に二〇一二年、建て替へのため閉館されてしまった(なほ「マイアミ」は名古屋三越の屋上に移って営業を継続)。この時代、あの古めかしい趣のある「大名古屋ビルヂング」の名前は消えてしまふのだらうかとも思ったが、ビルを所有する三菱地所が気を利かせたらしく、二〇一六年開館の新しいビルにもめでたくこの名前が引き継がれた。ビル名を表す看板は、取付け位置こそ変はったが書体まで再現され、いまも名古屋駅前に輝く。
ちなみに旧大名古屋ビルヂングが計画されたのは一九六〇年ださうだが、このときはすでにビルヂングよりビルディングのはうが優勢だったはずだから、名付け親の慣例かこだはりがあったのだらう。さういへば国語改革前の文献を繙くとラジオもラヂオと書かれるのが目に付く。いづれも原語が「di」だから「ヂ」を宛てるといふ考へ方だ。今のやうに何でも「ジ」や「ディ」で書くのではなく、元の字に基づいて書き分けようとする意識が少なからず共有されてゐたらしい時代があったことに思ひを巡らす。〔二〇二五年三月三日〕
あちこちの、と題したけれど今すぐお出しできるネタはこれだけ。そのうち足せたら足します。