小春日和の日の事です。彼女は庭のすみつこでしやがみこみ、植ゑ込みのかげを覗いてゐたのでありました。
いえ、「かげ」ではありません。そこにはぽつかりとひだまりができてゐたのでありました。小さな背の彼女がしやがみこむと、すつかり入つてしまふやうな、小さな小さなひだまりです。
春は名のみの風の寒さや。小春日和ですから、本物の春よりはあたたかいのかもしれませんが、風には冷たさが感じられます。けれども、小さなひだまりには、春に似たあたたかさが感じられます。
彼女はただ坐つてゐたのではありませんでした。幾分なりとも春のやうにも感じられる、うららかな陽射しを背に受けてはゐましたが、実は体をあたためてゐたのでもありませんでした。
決して厚着ではなく、少しおしやれをして、セーター等は着ないでがまんしてはゐましたが、身に纏つたレザーのコートはしつかり風を防いでくれます。黒い色は陽の光を吸収して、たしかにあたたかではありますが、彼女は寒くてひだまりにしやがみこんだのではありませんでした。
「アリス、何を見てゐるの?」
「お姉さま?」
急に声をかけられて、彼女はびくつとしました。振り返つて、そして。
「あ」
また視線をもとに戻しました。
姉はいつものやうにほんわかとした笑顔を浮かべました。
「そこに何かゐるのね」
「ええ、これ」
指差す先には、季節外れのとかげが一匹。風のあたらない植え込みのかげにできたひだまりの中。小さなとかげが日向ぼつこをしてをりました。
「こんな時期なのに、珍しいな、と思つて」
「さうね。もう冬ですものね……」
アリスの姉は、視線を上げました。そこには小さな雲の切れはしだけが幾つか浮かんでをりました。青空は、既にいくらか寒々しさを含んでゐます。
姉が並んでしやがみこみました。二人は黙つてとかげを見詰めました。
「それにしても、アリス、あなた、とかげは気持ち悪くないの?」
「少し怖いわ。でもこのとかげは小さいし……」
「小さいわね。まだ子供なのかしら……」
「大きくならないですよね?」
「……」
「こんなとかげなら、怖くはないけれど……」
「ええ。私もです、お姉さま……でも、あの時のとかげは、怖かつたです」
「さうね。もう一年、経つのかしら……」
二人は小さなとかげから目を逸らしません。見たくなかつたからです。ただ、愛らしいとかげを、いつまでもめでてゐたかつたのです。
周りは一面、瓦礫の山でした。そんな中にぽつかり残つた公園の跡地……その片隅に、二人の姉妹は肩を寄せ合つて、小さなとかげを眺めてゐるのです。
「災厄の秋……」
その日、突如現はれた巨大なとかげ怪獣によつて、地上の文明は破壊されつくしました。
さうです。二人は地上で最後に生残つた人間だつたのです。
身じろぎもしなかつたとかげが、ちろちろと、赤い舌を出しました。