自動車は買つてみないとわからない

公開
20171024
執筆者
野嵜健秀 ( @nozakitakehide )
おことわり
「自動車は買つてみないとわからない」(201455日初版発行・はなごよみ刊) のオンライン版です。

自動車は乗つてみないとわからない。

――たしかにその通りだ。が、最う一歩踏み込んで、斯う言つていいと思ふ。

自動車は買つてみないとわからない。

――実際、わかつたか何うかは怪しいが、兔に角、以前よりははるかによく解るやうになつた気はする。


そんなわけで、野嵜がくるまを買つたおはなしです。

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1 はじめにコルサありき

――と言つても、ただ、親父のくるまがコルサだつた、と云ふだけの話なんですが……。


1999年、トヨタから新しいコンパクトカーのヴィッツが発売されて話題になつた。初代ヴィッツは、ヨーロッパ市場向けに開発され、合理的でありながらなかなか良い足を持つてゐるハッチバック車だつた。日本向けに足まはりは改変されてゐたが、素性が良かつたから日本でもベストセラーになつた。

その蔭で、いくつかのトヨタ車が消滅してゐる。一番小さいスターレットと、その上のクラスに當るターセル・コルサ・カローラの兄弟である。

うちの親父は、この中の、コルサのセダンを買つてゐた。4ドアセダンの AX-LIMITED で、どうやら最末期の限定車らしい。その前に乗つてゐたコロナから乗換へるのに、ディーラーのセールスマンからすすめられたものを適当に買つたのだと言ふ。1・3リッターのガソリンエンジンを載せた前輪駆動車である。

うちでは当初、もつぱら親父が乗つてゐた。それは当然の話で、俺が運転免許を持つてゐなかつたからだ。何しろ自宅と市の福祉施設 (あじさい会館) を週に4回、往つたり来たりだけだつたから、何年乗つても大して走行距離はのびない。乗らないとは言へ、定期的に乗つてはゐるから、さうさう調子も落ちない。15年近く乗つて、故障らしい故障をした事は一度もない。後ろのウィンカーの電球が切れたくらゐである (なじみの工場に持つて行つたら、ウィンカーが切れるまで乗る人もゐない、と云ふ事で、交換用の球がない。隅から隅まで探して、在庫が1箇やつと見附かつた)。ほかにはエアコンのフィルタがほこりまみれになつてゐたくらゐである。

親父は2010年に病気をして入院した。その頃、俺もN社の地下での仕事がなくなつて、家で遊んでゐたから、何となく思ひ立つて、自動車学校に通つてみた。親父は癌で、肺を随分切取つた。2週間入院である。父のもとには母が毎日、バスで通つた。俺はお留守番したり、学校通ひしたり。

俺が通つたのは、少し前、近くに引越してきた東急自動車学校だつた。自動車学校と言ふと教官が横柄な態度で……と、ろくな評判を聞かないが、東急はどの教官も大変に叮嚀で、こちらを客として扱つて呉れた。あとで聞いたら、N社のKさんも、引越してくる前の二子玉川にあつた頃の東急自動車学校で免許をとつた由。昔から紳士的な学校だつたさうである。

免許は3箇月くらゐでとれた。学科は、昔から交通の教則が愛読書であつた事もあつて、全く苦労しなかつた。教習は、MT (マニュアル) でとつたので、半クラッチにてこずつて1時間やり直しになつたが、まあまあ順当に修了した。教習車はシビック、かつてのベストセラーカーである。教習で乗つても、あんまり面白みを感じられないくるまだつた。エンジン音は甲高い、ホンダの音である。既に不人気車になつてゐたが、日本国内ではモデルチェンジせず、間もなく消滅した。

東京の学校だつたが、俺は神奈川県の住人なので、最後の学科試験は二俣川の運転免許試験場で受ける。発表の際に受験番号を発表するのだが、番号と番号の間が結構開いてゐる。割と落ちるものらしい。学科だけ受ければ良いので、この時はくるまに乗らず。

免許をとつたが、うちのくるまは親父のものである。練習と言ふ事で、しばらくの間、親父を横に乗せて、コルサで近所を走りまはつた。さう云ふのではあんまり練習にならない。秋から冬にかけて、本当にちよろちよろ乗つたに過ぎない。さうして、春になつたら、2011311日、東北大震災に見舞はれた。ガソリンは値上りし、乗る理由も大してないので、一年ほど、くるまに乗るのをやめた。

……けれども、親父も耄碌し始めて、運転が相当怪しくなつてきた時期だつた。親父の免許更新に際して、高齢者講習などで送迎をしてから、次第に親父に代つて運転するやうになつた。兔に角、親父は運転が怪しくなつてゐるので仕方がない。俺の運転も怪しいものだが、親父は病気をするやうになり、病気では運転もできないから、俺が運転しなければならない。2013年の秋に親父は再び入院した。医者に連れて行つて、狭い駐車場に四苦八苦してくるまを押し込んだり、入院先に毎日おふくろを乗せて行つたりした。買ひ物にもくるまを使ふやうになつて、多摩のショッピングモールやケーズデンキをまはつて、ついでに山の中をぐるぐるまはつてみたりもするやうになつた。

コルサは力がなく、町田街道から多摩ニュータウンに上がる坂道で、思ひ切りアクセルペダルを踏み込まないと登らない。ATのレバーをセカンドに入れると割と元気が出るので、何とかそれで登るやうにしてゐたのだが、苦しい事にかはりはない。

平らな道でもコルサには不満を覚えるやうになつた。近所の工場地帯の中を通る道は舗装が悪い。コルサで走るとやたらハンドルを取られる。しよつちゆう通る道なので非常に困つた。おまけにコルサはハンドルの感覚が不確かで、交叉点を曲がるのにも苦労する事がある。

――そんな或日、遊びに行つたぐりーんうぉーく多摩で、ホンダがくるまを展示してゐるのを見た。N BOXやらフィットやらが並んでゐた。カタログを貰つて、説明員のをぢさんとちよつと話をした。コルサから大分進歩してゐるやうだ。そろそろコルサから乗換へようと思つた。

別の日。2回めにおはなしした時、フィット3の説明をして貰つて、簡単な金額の見積りを出して貰つた。「本社」の社員の人が名刺を呉れて、何時でも試乗や購入のお手伝をしますよ、と言つて呉れた。


この頃までは、フィットが本命だらうと思つてゐた。一往他のくるまも比較して検討してみる積りだつたけれども、何う考へてもうちの辺ではフィットが無難なところと思はれた。

条件はいくつか考へられた。が、あんまり難しく考へてもしやうがないので、最低限、チェックすべき事項を挙げてみた。その結果、以下の3点で問題がなければよしとする事にした。

この条件では所謂コンパクトカーの類が買ふべきくるまと云ふ事になる。セダンでもいいが、小さいセダンは今の時代、殆ど売られてゐないし、選んでも俺にはメリットが少なさうだ。

具体的に検討すべき車種として、ホンダ・フィットの他に、スズキ・スイフト、マツダ・デミオ、フォルクスワーゲン・Up! をリストアップした。ほかに一往、日産マーチと三菱ミラージュもチェックしたが、あまり興味をひかれなかつた。トヨタ・ヴィッツは、何よりトヨタなので論外とした。トヨタ・コルサから乗換へるのにトヨタと云ふ選択肢はない――それならコルサを乗り続ければいい。アクアはいいくるまだが、ちよつと高いし、親戚が先日買つた許りなので却下。

検討すべきくるまはリストアップした。しかし、気になるくるまは他にもないわけではない。フォルクスワーゲン・ポロはとても良いくるまだと聞いてゐた (ただし、一度、C社のT氏が運転した時、横に乗せてもらつて、高速で妙な挙動を示した事がある)。ヤナセの中古車検索をためしてみたら、BMW1シリーズが案外手頃な値段で出てゐるのに気附いた。認定中古車に俺は抵抗がない。1シリーズは少しでかいから選択肢には入れなかつたが、マツダ・アクセラがモデルチェンジした許りなので、少し気になつた。一往そのくらゐ。

それからグレードや装備品を大体決める。カーナビ不要。ETC不要。基本は街乗り、遠つ走りはあんまりしないので、いらないものはいらないと割切つた。親を乗せるので、安全装備は或程度、充実させたいところ。エアバッグなどについてチェックを入れた。


2 スズキ・スイフト

先づは取敢ず、スズキのおみせに行つてみた。スズキの販売店がうちの近所にある。小さなお店だが、よく通る道にある。コルサで乗りつけた。工場の整備員さんが誘導して呉れた。駐車場が狭い。

お店に這入ると、眼鏡をかけたベテランと思はれるセールスマンが応対して呉れた。最初はやや硬い表情で、話をしてゐるうち、少しづつ笑顔が出るやうに。スズキで買ふ事はまあ無いだらうと思つてゐたので気楽に喋つてゐた積りなのだが、こちらも緊張してゐたみたいで、それが伝染したらしい。

一往フィットが本命と言ひながら、先に示した三つの条件を示して、スイフトを検討してゐると伝へた。コルサを査定して貰ひながら、カタログを見つつ簡単な説明を受ける。スイフト以外にもスズキのくるまは沢山あるわけで、スプラッシュや軽などについても聞いてみる。まあ、スイフトが一番いいでせう。キザシつて何うですか、と聞いてみたら、苦笑ひされた。

じきに、くるまが引張り出されてきて、内外を見てみる事に。スイフトの XS-DJE。最上位車である。

前の座席は申し分なし。後席も、コルサに比べれば広い。案外頭の上の余地が大きい。リアハッチを開けてみる。セールスマンさんが灯油缶を持つてきて、ラゲッジルームに載せて、どんなものか見せて呉れた。競合するくるまたちに比べれば狭いが、コルサに比べれば十分過ぎるスペースがある。ネガティヴな要素は特にナシですね。

それから試乗。セールスマンさんを横に乗せ、エンジンをかける。エンジンの音はあまり聞こえない。駐車場の中で曲がるのに、ちよつと回転半径が大きいやうな気がした。足許はしつかりしてゐるのだが、路面からのショックを感じさせないセッティングになつてゐる。くるまを運転する、と言ふより、箱を操つてゐるやうな印象。

公道に乗り出す。坂道をいつたん下る。

アクセルを踏むと踏んだだけ加速する。トランスミッションがCVTなので、変速のショックは全くない (あり得ない)。ブレーキをかけると、とてもよく効く。交叉点の手前でブレーキを踏むと、思つたより手前で止まりさうになつた。コルサの、効いてゐるんだかゐないんだかよくわからない、微妙なフィーリングとは全然違ふ。

交叉点で右折すると登り坂。力不足は感じられない。よく登る。

坂を登つたところでまた右折。工場の間を通る、舗装の良くない、いつも通る道である。普段から大きなトレーラが走るので、アスファルトがよれて、波打つてゐる。コルサではハンドルを取られがちなのだが、スイフトは非常に安定して走る。箱が平行移動してゐるやうな感覚がある。

アクセルワークで速度を調節するが、大体踏めば踏んだだけ走るし、踏み込むのをやめても一定のスピードを維持する。ためしにちよつとだけ余計に踏み込んでみたが、怖さは全く感じられない。コルサは力の足らない印象が強いのだが、スイフトは十分なパワーを持つてゐる。

うちの前を通つて、お店に戻る。坂ではあるけれども、住宅地や工場地帯のあんまり起伏のない、ほぼまつすぐな道を、四角いルートでまはつただけ。うねうねとした道や、山道を走らせる事はできなかつた。舗装は良くなかつたから、路面の状態をくるまがうまくいなして、良好な乗り心地を実現してゐる事はわかつた。

必要さうな装備をリストアップし、金額の見積りをとつて、帰宅した。夜にセールスマンさんから挨拶の電話があつた。叮嚀な対応だつた。


3 マツダ・デミオ/アクセラ

スイフトに乗つた次の日は雨だつたので、その次に晴れた日に、マツダのディーラーに出かけた。お店がうちから遠いので、マツダは当初、検討の対象にすら入れてゐなかつたのだが、念のため……といつたところ。

16号線から直で入るのが怖かつたので、いつたん先の信号まで行つて、そこから路地にまはりこんで、裏から駐車場に進入。セールスマンの人が出てきて誘導して呉れた。早速、コルサからの乗り換へを考へてゐる、デミオとアクセラを見せてほしいと伝へた。お店に行く直前、モデルチェンジした許りのアクセラの、ラインナップで一番のグレードのくるまが、微妙に予算内に入る事に気附いてゐた。アクセラは、でかい事はでかいから、よつぽどの事がなければ買はないだらうと思つたけれども、評判が非常によろしい。お店に這入ると、アクセラが一台置いてある。

先づはデミオのカタログを貰つて、話をしてみた。セールスマン氏は、コルサもなかなかの名車であつたと褒めて呉れる。知人が乗つてゐたさうな。若手の人で、フレンドリーな印象。

エンジンは SKYACTIV の1・3リッター一択――グレードは 13-SKYACTIV になる。エアバッグ等の安全装備を充実させるとなると、ベース車にオプションをつけていく事になる――が、丁度今、その辺の装備をつけた特別仕様車がある、13-SKYACTIV SHOOTING STAR MAGENTA と云ふ特別仕様車が大体希望通りの仕様だから、それで金額を出しませう。

金額が出てくる間、セールスマン氏はちよつと中座。一人で取残されて暇なので、置いてあるアクセラを興味津々といつた風情で眺めまはしてゐた。戻つてきたセールスマン氏にはアクセラについても聞いてみる。カタログを持つてきて、説明して呉れた。

さうかうしてゐるうちに、デミオの試乗の準備が出来た。デミオはラゲッジルームも後部座席も明かに狭い。コルサに比べてもどつこいどつこいといつたところ。灯油缶二つは載る模様。もつとも、その辺は実際あんまり重要とは思つてゐないので、まあ大丈夫だらう、と云ふ事で話を済ませる。

エンジンをかけて試乗開始。駐車場から裏の路地にいつたん出て、それから広い道に出る。

最初から実にしつくりくるくるまで、ハンドルを握つてすぐ、ぴんときた。スイフトと違つて、くるまを走らせてゐる、といつた感覚がある。ハンドルだけでなく、くるま全体で、ドライヴァに路面の情報を伝へてくる。

トランスミッションはCVT。アイドリングストップ機能がついてゐる。いづれも違和感をあまり覚えさせない。ブレーキの感触も自然。乗る前と乗つた後とで印象ががらりと変つた。

道は住宅街の中の二車線道路で、それほど曲線もなく、起伏もない。それでも十分痛快なドライヴだつた。小さなくるまで、パワーはないから、アクセルを踏んでみても無闇矢鱈と飛ばせるわけではないが、がんばつて走つてゐる感じがして大変好ましい。道路工事の関係で、試乗コースの終盤は狭い住宅地の路地を走る事になつたが、低速でも走りやすいし、角も曲りやすい。安全確認も問題なくできる。16号線を通り越して、裏路地からお店に戻つた。近距離だからもうちよつと乗つてゐたい、と云ふ感想を持つた。駐車場ではバックで車庫入れをためしてみたが、斜めに入つてしまつて苦笑ひ。

デミオはドライヴァがくるまを操る面白さを感じられるくるまである。人馬一体と表現されるあれだ。ドライヴァの思つたやうに動く。セールスマン氏も、今のマツダが運転のフィーリングを重視してゐる事を言つてゐた。マツダのくるまは乗つてみると印象が変る。乗つてみてほしいとの事。


つづいてアクセラが用意されてゐると告げられた。

アクセラはデミオよりも一まはり大きい。デミオがBセグメントに属するのに対し、アクセラはCセグメントに属する。全長は、デミオが4メートルに達しないが、アクセラが4・5メートル弱。全長は、デミオが1・7メートル弱だが、アクセラが1・8メートル弱。

座席に坐つてみただけでも、クラスの違ひが解る。デミオは背もたれを立てて、きちつと坐るべきくるまだが、アクセラは背をやや倒して、ゆつたりと坐つた方が良い。ハンドルもアクセラはちよつと重め。動かしてみると、やつぱりどつしりしてゐる。

何しろこんなでかいくるまは初めてなので (と言つてもCセグメントのくるまなので、絶対的に大きくはない) おつかなびつくり走らせる。裏路地に出るところではぶつけないかと我ながら冷や冷やしたが、きつちり曲がつて呉れてゐる。広い道に出たのでアクセルを踏み込むと、デミオとは違つた力強い走りを見せる。

とは言へ、試乗したアクセラは、ラインナップの一番下、ガソリンの1・5リッターなので、アクセラ一族の中で力は一番弱い。上に2リッターとハイブリッド、そしてディーゼル (当時は未発売) がゐる。しかし、1・5リッターつて力が強いんだな、とその時の俺は思つた。

さきほど走つた同じ道をアクセラでも走る。大きくても街中の広い道ではそれほど不安はない。デミオのやうな「操つてゐる」と云ふ感覚は薄いが、平行移動とは違ふ「くるまを運転してゐる」と云ふ確かな感覚はあり、面白い。最後の直線でデミオと同じやうにアクセルを思ひ切り踏み込んでみると、デミオと違つた強い加速感があつた。その後は住宅街の裏道を走つて、駐車場まで辿り着いた。

ハッチバックのアクセラスポーツを試乗したのだが、駐車場ではセダンも見せて貰つた。セダンの方がデザイン的にはまとまりがいいみたいだ。


くるまが違ふとまるで性格が違ふ。デミオとアクセラは、同じマツダのくるまだが、乗り心地も運転の仕方も大きく違つた。クラスの違ひである。そして、同じクラスに属してゐても、スイフトとデミオとは、やつぱり性格が違つてゐた。マツダで俺はくるまについて大事な事を学んだ。


マツダのディーラーではお正月のお客さんと云ふ事で、おみやげを貰つた。高級なクッキーらしいので期待したが、後日開けてみたら入つてゐたのは4枚だけだつた。まあしやうがない。

セールスマン氏からはその後、特にアプローチはナシ。マツダはディーラーによつてはしつこく売り込みがあるさうだが、さう云ふ事はなかつた。


4 ホンダ・フィット

実際に乗つてみて、マツダのくるまは予想以上に良いとわかつた。となれば、ホンダのフィットも、データで検討するだけではなく、乗つて確認しなければ実際のところ、わからないのだな――と、段々さう云ふ気持ちが強くなつてきた。

そんなわけで、早速、何かあれば電話して呉れ、と言つて呉れてゐたホンダのディーラーの人に連絡してみた。ぐりーんうぉーく多摩で話をして呉れた「本社」の人である。明日、試乗したい、と電話で頼んでみた。

天気もいいやうだし、すぐに乗りたい、と伝へたのだが、天気が悪い日の方が試乗してチェックするにはいいんですよ、等とその人は教へて呉れた。そりやさうではあるが、雰囲気的にどうやら渋つてゐるらしい事が判る。忙しいやうで、今ひとつ乗り気でない。けれどもこちらは兔に角早く乗りたかつたので、やつぱり明日がいい、と、最う一度強く希望を言つた。すると、それなら……と云ふ事で、準備して呉れる事になつた。


多摩センター近くのディーラーに出向くと、ぐりーんうぉーく多摩でおはなしをした説明員さんが待つてゐて呉れた。にこにこしてゐるやさしさうな年配のをぢさんだ。お店の中でお茶を戴いたりしながら、フィット3の説明を軽く受ける。そのうち試乗車の準備ができたので、書類にサインをした後、お店の外へ……。

試乗コースなどは特に設定されない。好きなやうに走らせていいですよ、との事。説明員さんが多摩の専属でなく、立川やあきる野の方に普段ゐる人なので、道がよくわからないらしい。袋小路に這入つて立往生はしないで下さいね、とだけ言はれた。

店の駐車場から出た後、適当に走る。裏道から堀之内の駅前を通つて、広い坂道に出る。坂を登り切るとぐりーんうぉーく多摩。ここの四ツ辻で右に曲がると、くるまは尾根幹線道路を走る事になる。尾根幹の中でも整備が進んでゐて、スピードの出せる区間である。登り坂から平坦路になり、ここをアクセル全開で走つてみた。そんなに悪くはない。大体安定して走つて呉れる。エンジンはホンダらしい高めの軽い音。

すぐに道を降りて、相模原立川線を南大沢駅の方に下る。途中で住宅地の方に曲がり、結構急な坂を登る。ここはカーブも多く、山道つぽいきついところだ。東急自動車学校に通つてゐた時のバスのコースだつたのだが、アップダウンが多い道を運転手さんががんばつてマイクロバスを走らせてゐた。フィットは難なく走り抜ける。

そこから何う行くか――あんまり深い考へも無しに走つてゐたので、元の道に戻るやうなコースをとりつつある。ぐりーんうぉーく多摩の下に出てしまつたので、さつき通つてきた道を横切つて、多摩ニュータウンの中心に近い方に走つて行く。自動車学校の時の教習コースをトレスする感じ。教習で使はれるくらゐで、割と広くてくるまの通りも少い道である。

直後に、何となく這入りこんだ狭い道が、見事に袋小路だつた。図書館の前が小さなロータリーになつてゐて、ぐるつとまはつて戻るしかないやうになつてゐる。説明員さんと一緒に苦笑した。ナビはついてゐるが、二人ともまともに見てをらず、また、見ても多摩ニュータウンの中はよくわからない。

率直に言つて、飽きてきた。まつすぐディーラーにとつて返した。

駐車場にフィットを停めて、改めて内外を見てみる。説明員さんが、シートアレンジを幾つか見せて呉れる。シートを疊むと背の高いものも載せられますよ、なんて話を聞く。

ヴェゼルが置いてあつたので、そちらも見せて貰つた。まあ、聞けたのは通り一遍の説明である。フィットの拡大版のやうだが、ちよつと違ふ、とかそんなところ。


お礼を言つてコルサに乗り込み、ディーラーを出る。ぐりーんうぉーく多摩のとなりのケーズデンキやPCデポに寄つて帰らうと坂道を登り始めたが、曲がる交叉点を間違へてへんなところに行つてしまふ。多摩ニュータウンの街路は、尾根幹、多摩ニュータウン通り、野猿街道の三本の大きな道と、それらを横につなぐ住宅街の道とで構成されてゐるのだが、住宅街の中の道は殊更わかりにくくできてゐて、外部からくるまが這入りこんでくるのを防いでゐる。俺みたいに下手に這入りこむと迷子になる仕掛けだ。

野猿街道に出てしまつたので、仕方がないからそのまま鑓水の辺までコルサでドライヴと洒落込んでみた。夕日がまぶしくて難渋した。


家に帰つて、スイフトか、デミオか、フィットか――と、とくと考へてみた。悩んでゐたら、おふくろが、マツダのくるまを見てきた後が一番楽しさうだつたよと一言。俺もデミオが一番いいと思つた。大体この時はデミオに決めてゐた。

しかし、Up! に乗つてゐない。フォルクスワーゲンのディーラーにも行つて見なければならぬ。ウェブで調べて、近所のディーラーに Up! の試乗車がない事はわかつてゐる。マツダに行つたついでに、その近くのフォルクスワーゲンディーラーに寄るつもりだつたが、遅くなつたのでまつすぐ帰つてきてゐた。あつちまで行くか、それとも……

あつちはトヨタ系のお店。トヨタ系のフォルクスワーゲンディーラーは、ウェブで調べた限りでは評判が微妙だつた。橋本のフォルクスワーゲンディーラーは……調べてみると、中古車でえらく珍しいくるまを仕入れてゐたりする。結構優秀さうだつた。

試乗車も、行つて見れば、あるかも知れないし、行つて見るだけ行つて見よう……何うせワーゲンなんて買ひやしないんだ、ひやかしなのだ。そんな風に自分に言聞かせて、近場で済ませる事にした。


5 フォルクスワーゲン・ポロ

国産車のディーラーには適当なジャンパーを着て行つたのだが、外車のディーラーなので、少しだけ尤もらしい恰好を……と云ふ事で、一番最近に買つたちよつとそれつぽいジャケットを引掛けて、コルサで乗り付けた。

裏道から駐車場に這入ると、営業の人が誘導して呉れた。中古車担当のマネージャーさんださうだ。このフォルクスワーゲンディーラーでは、中古車担当と新車担当とでセールスマンが違ふのだとか。一往新車を……と云ふ事で、担当さんを代つて貰ふ。コーヒーを出して貰つて、飲みながら席で待つ。えらく待たされる――

そのうち眼鏡をかけたヴェテランの人が出てきた。Nさん。

コンパクトカーを検討中、Up! の事を知りたいと伝へる。取敢ず展示車の Up! を見せて貰ふ。運転席に坐らせて貰つたりしながら、フォルクスワーゲンのくるまの特徴をレクチャーされる。大きなくるまも小さなくるまもフォルクスワーゲンでは作り方が変らない。熔接は、他社のくるまだとスポット熔接になるが、フォルクスワーゲンではレーザー熔接で、線状にしつかり熔接する。ドアのヒンジも丈夫な鋳鉄を使つてゐる。Up! は小さくても上級のくるまと安全性に違ひはありません。

しかし、申しわけないが、このお店では Up! の試乗車が用意されてゐません、との事。ただ、話を聞く限り、要求されるレヴェルから考へて、何うも Up! よりもポロの方が適当のやうです。ポロなら試乗車が用意できるから、乗つてみませんか。Nさんは提案して呉れた。

ポロはさすがに高いから買へない、予算内でをさまるのは Up! ――さう云ふ事で話をしてゐたのだが、実際のところポロは憧れのくるま。乗るだけなら……。

試しに乗つてみる事にした。

用意ができるまでお待ち下さい、との事で、またコーヒーを飲みながら待つ事しばし。なんか矢鱈待たされた。

そのうち、準備が出来ました、との事で、お店の外へ……中古車で販売されるポロが一台、試乗用に引張り出されてきてゐた。注意点は特にないが、ウィンカーのレバーがハンドルの左側にある、それだけ国産車と違ひます、との事。

キーをハンドルの右下の穴に差し込んでひねるとエンジンがかかる。結構いい音だ。あんまり気にならなかつたが、ボンネットの下からかたかた音がしてゐる。Nさんが、これは不具合なので販売されるまでに直します、と説明して呉れる (ウェブで調べて後で知つたのだが、これは6Rポロでは有名な不具合。エアコンのダクトが振動してぶつかるらしい。メーカから対策の指示が出ず、どのディーラーでもユーザから報告があるたび、場当り的に処置を施してゐたものらしい)。

試乗コースを指示されながらくるまを走らせる。裏道に出た後、東電の変電所の脇のあまり広くない道を通り、アリオ橋本のところで北に曲がつて、横浜線の下をくぐる。そこからどう進むのかと思つたら、さらにまつすぐ進むのだと言ふ。この間、他に試乗したくるまの印象はどうでしたか、とか聞かれ、こちらも感想を簡単に述べる。そのうち、広い道が終つて、先が狭くなる十字路に着いてしまふ。ここでどつちに行くか。指示を仰ぐと、まつすぐだと言ふ。

住宅地の中を川に向けて降りていく狭い通学路で、非常に危ない道である (小学校に入学した時、この道の十字路で飛び出しをやらかして、走つてきたくるまの横にぶつかつた経験がある。無傷)。兎に角狭いので、恐る恐るくるまを走らせる。狭いのにやたらくるまが通る。対向車が来る度、一旦停止してやり過ごす。橋を渡り、相模原市と町田市の境を越える。町田街道に出て、ほつと一息つく。

町田街道で、Nさんから、現在Dレンジで走らせてゐる事を聞かされる。田端の交叉点で左に曲がつていただくが、そこから山道になる、Sレンジに入れて走らせてみて下さい。

言はれた通り、Dレンジに入れてあつたシフトレバーをSレンジに入れて、走り出す。走り出したらエンジンの音が変つた。

くるまの性格が見事に変化した。兔に角活発に走る。

登り坂をSレンジで登る。空いてゐる道で、ばんばん飛ばせる。坂のてつぺんに交叉点があつて、赤信号だから止まるのだが、アクセルをゆるめていつたら順番にシフトダウンしていつて、その際いちいちエンジンを吹かして呉れる。やつぱり後で調べて知つたのだが、これがブリッピングと云ふやつで、回転数を合はせるテクニックらしい。感覚がまだつかめてゐないので、交叉点の可なり手前で止まりさうになつて、少しアクセルを吹かして位置を合せる。

てつぺんの交叉点から今度は下り坂になる。制限速度を守つて走つてゐるけれども、物凄く愉快な気分になつた。何と言ふか、えらく楽しい。どこまでも走つて行く積りで走らせてゐると、そこの公園の駐車場でUターンして戻りませう、との指示。

帰り道のルートは行きの反対……さつきは下りだつたところを今度は登る。登りだつたところを今度は下る。この頃には段々運転に慣れてきたやうな気に。山道区間が終り、Dレンジにシフトレバーを戻して、また狭い道を行く。用心深く走らせるのだが、さつきと違つて、くるまが体になじんできたやうな感覚だ。

暗くなつてきたのでヘッドライトを点ける。ライトのスイッチがまた国産車と違ふ事を教へて貰ふ。国産車はハンドルの右、ウィンカーレバーをひねるとライトが点灯する。外車の場合、ダッシュボードの右端にスイッチが設置されてゐて、廻すとライトがつく。すつかり暗くなつてお店に到着。

ポロの新車の見積りを一往貰ふ。予算オーヴァなのは明らかである……。


おうちに帰ると、しばらくして、Nさんから、今日は有難うございました、と叮嚀なお礼の電話がかかつてきた。


……ここで本当に深く考へ込んでしまふ事になる。どのくるまを買へば良いのだらう……


ここで一度、それぞれのくるまについて、印象や考へをまとめておかう。


スズキ・スイフト――乗り心地は満足。価格は微妙。セールスマンさんの印象は大変良し。

マツダ・デミオ――運転して非常に楽しい。なじむ感じあり。セールスマンの印象は悪くない。

マツダ・アクセラ――運転できなくもないがでかい (幅が広い)。価格は高め。

ホンダ・フィット――普通。実用性は高さう。セールスマンは微妙。

フォルクスワーゲン・ポロ――運転して非常に楽しい。持つてゐれば満足できさう。しかし高い。セールスマンさんの印象は大変良し。


一長一短。これでは結論が出ない。

そこで発想を変へる事にした。


「そのくるまを買つたら、何を後悔するか」


完全に想像なのだが、兔に角、買つたら何う後悔するか、を考へてみた。後悔する事確実なくるまは、やめておいた方が良からう。この時アクセラは既に検討対象外となつてゐる。


スズキ・スイフト――「デミオとかポロとかの方が面白かつただらうなー」

マツダ・デミオ――「フィットの方が広い」「ポロだつたら何うだつただらう」

ホンダ・フィット――「運転つまんね」「デミオやポロの方が良かつたんでないか」

フォルクスワーゲン・ポロ――「高かつた」


……。

ポロ以外あり得ない。

案外簡単に結論が出た。


ところで、比較・検討した値段は、新車の値段である。新車同士で対決させれば、国産車が安い。ポロは割高だ。

ポロが中古車なら何うか。

ポロの中古車とデミオなんかの新車とだつたら、価格の差は、少し縮まる。

ポロの中古車を検討してみよう……ただし、その辺の中古屋のくるまではない。ディーラーで扱ふ認定中古車だ。認定中古車なら信頼できる。この事を俺は知つてゐる。

ウェブで調べてみると、安いポロの認定中古車が売られてゐる。さつき試乗したまさにそのものの個体だ。ポロ 1.2 TSI Comfortline。しかし、見てみると、Highline にもいい出物がある。おまけに同じ値段がつけられてゐる。ナビ、ETCなしの Highline。1・2リッターの2010年型で、日本に入つてきた初期のものらしい。

おふくろに一往相談してみると、中古車でも構はない、と言ふ。

翌日、ディーラーに電話して、Nさんに、認定中古車のポロを買ふ、と伝へた。

お店でNさんから中古車担当のMさんに業務が引き継がれる。Mさんのレクチャを受けつつ、お金を払つたり書類を書いたり……。自動車税の計算をミスつてゐて、あとでお金が返つて来た。ポロはエコカー減税の対象車である。


2週間後、うちにポロがやつてきた。と言ふか、コルサでディーラーに乗りつけて、ポロに乗つて帰つてきた。コルサくんありがたうそしてさやうなら……。橋本五差路の上をまたぐ16号線の陸橋を通つてきたが、アクセルを踏んだらあれよあれよと言ふ間に速度計の針がまはる。

多摩ニュータウンの山の中を走らせてみたが、コルサがやつとこさつとこ走つてゐた道を、当り前のやうにてつてこ走る。ただ、まだまだ慣れが必要さうだ。DレンジとSレンジは、ちよつと考へて使ひ分けた方がいいみたい。

とは言へ、買ひ物で近所のスーパーまでちよつと乗るだけでも、楽しい気分になれる。ヨーロッパのくるまである。


しかし……。


6 好事魔多し

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この冬、關東・甲信越地方に数十年ぶりの大雪が2週連続で降つた。その2回めの大雪。車庫の屋根が落ちた。

うちにきたばかりのポロくん直撃であつた。

前の晩に一度、雪おろしをしてあつた。ところが一晩のうちに50cmも積もつたらしい。おまけに明け方から雨が交じるやうになつた。重みに柱が耐へられなかつた。朝の9時よりちよつと前に、どさっと云ふ音がした。

見てみると、ポロのフロントガラスが屋根の直撃を受けて、蜘蛛の巣のやうに割れてゐる。これでは運転できない。レッカー車でドナドナしてもらふしかない。


保険会社と附合ひのある工務店に電話をして後始末を依頼した (動転して最初に110番したが、こんな時にしても意味が無い、人が怪我をしてゐた時だけ119110にかければ良い)。

あまりの雪で、工務店は人もくるまも動けない、屋根の残骸がどかされるのは翌日となつた。ディーラーも雪に埋もれて、レッカー車での引取りも数日後、との事。こちらに何もできる事はない。

斯うなつてみると却つて腹が据わつてしまつた。最う笑ふしかない。自動車保険で代車が出る――これが楽しみになつてしまつた。乗りそこねたから、ヴィッツとかがいい。

保険会社から連絡が行つて、レンタカー会社から電話がかかつてきた。ヴィッツとか軽とかでいいですよ、と伝へる。すると担当さんが状況を教へてくれた。

どうやらこの大雪で代車が出払つてゐるらしい。普通の国産車、或は軽自動車は、寧ろ今の時期、用意がないさうだ。で、担当さんからの提案――

BMW1シリーズは何うですか。

ポロにお乗りなら外車がいいでせう、との論理だ。

軽でもいいです、と23回言つてみたのだが、担当さん、妙に抵抗して、強硬に1シリーズを押してくる……。

1シリーズは最初に検討した一台で、乗つてみたくなくもない……しかし、でかいので敬遠したくるまでもある。うちの狭いガレージには何うかと思つて検討を諦めた。だが、今は、屋根を撤去した結果、柱もなくなつて、ガレージは広々してしまつてゐる。

ちよつと考へて、決断を下した。わかりました、それで御願ひします。


7 BMW・116i (初代1シリーズ)

次の日、116iがやつてきた。

目がとんがつた先代の1シリーズである。その一番下のグレード。

エンジンかけつぱなして置いていつて呉れたので、そのまま近所を一周してみた。おつかなびつくりの運転なので、あんまりぴんとこない。でかいので車庫入れは苦労しさう……と思つたが、小回りがきかないものの意外と言ふ事をよくきく。


BMW1シリーズ。「同じ外車」と言ふけれども、ポロとは正反対の作りのくるまである。本当に、笑つてしまふくらゐ、似てゐない。

ポロは前輪駆動のくるまである。一方、BMWは後輪駆動である事を最大の特徴とする。エンジンはどつちも運転席の前、ボンネットの下に鎮座してゐるから、ポロはFFBMWFRのくるま、と云ふ事になる。

エンジンのかけ方からして違つてゐる。ポロはキーを鍵穴に差し込んでひねる。BMWはスタートボタンを押す。ポロのやり方は今では最う古臭い部類に入つてしまふ。ボタンによるスタートは、ハイブリッド車では当り前、ガソリンエンジン車でもフィット3で採用されてゐて、今後は主流になつていくだらう。

他にもステップトロニックによるシフトアップ/ダウンがポロのマニュアルモード (使つた事がない) とは逆である、とか、細かいところでも違ひがある。

乗る前にその辺の知識を仕入れてゐたので少し身構へてゐたのだけれども、うちにきた翌日、多摩の山の中を走らせてみたりしたら、案外違和感はなかつた。と言ふか、そんなに違ふとも感じられなかつた。でかいので (1シリーズはポロより一箇上、ゴルフと競合するCセグメントのくるまだ)、アクセラと同じやうに、少しリラックスした感じで坐つた方が自然な運転姿勢になる、といつたくらゐの違ひ「しかない」。あと、ハンドルが無茶苦茶重い。


それほどへんなくるまでもねえなあと思つたのだが、意外なところで「FRらしさ」を感じられた。何日もくるまがなくて家に何にも食べるものがなくなつたのでお買ひ物に出かけたのだが、駐車場でゆつくり角を曲がつてゐる時に解つた。

ハンドルは重いが、曲がり方がとても素直だ。

ぴんときたのだが、これ、MT車と同じなのである。FFMT車。交叉点やクランクで曲がる時、前輪駆動でもMT車だとクラッチを切るので、前輪に動力が伝はらなくなるから、AT車よりもハンドルの操作が楽なのだ。FRだとエンジンの動力は常に後輪にのみ伝達されるので、前輪はひたすら曲がる操作に追従するだけでいい。BMWの特徴としてハンドルは重いが、ハンドルを切つたら切つた分だけきつちり曲がる。FRだからなのである。

何しろMTで免許をとつたので、曲がる際の感覚はMT車のもので刷り込まれてゐる。あれだ、と思ひ出して、なつかしい気分になつた。FFMTFRの感覚は案外似てゐる。

くるまがでかいのは致し方なく、ぶつけないやうに気を遣ふ必要があるが、狭い道でも思つたやうに走らせられる。安心は安心なくるまだつた。


一方、案外足許がしつかりしない、と感じる時も。道の真ん中辺りが盛上つた道を走つてゐる時、妙に左にくるまが流れる感じがした。


基本的にDレンジでずつと走つてゐたから、おとなしいくるま、と云ふ印象しか残つてゐない。アクセルを踏めばちやんと加速するから街乗り程度ではそれほど困らない。くるまの流れを乱さない程度にのんびり走るのは安全運転になる。安心は安心。

ただ、ゆつたり坐る着座姿勢である以上、あたりをきょろきょろ見回して安全確認するのは億劫になりがちになつた。サイドミラーを見る癖はつけたが、直接、目視で確認するのは基本なので、良し悪しだ。

ただ、ミラーを見る癖をつけたのは車庫入れの際に役立つた。BMWはギアをリバースに入れると左のサイドミラーが下に向きを変へる。うちの前は広い道で、歩道に乗り上げて車庫に這入る事になる。歩道の切り下げた場所を確認するのに、ミラーが向きを変へて呉れるのは助かつた。今までは勘でやつてゐたから、無理に乗り上げて段差を越えてゐた。ちやんと入れる練習になつた。

BMWはドライヴァに親切な機能をくるまに澤山つけてゐて、操作ミスをフォローして呉れる。サイドブレーキを引いたまま (ブレーキのかかつたまま) うつかり運転を始めてしまつたら、警告音をえんえん出して注意して呉れた。


やはり大きなくるまは大きいだけで練習になる。116iくんにはくるまの運転について、いろいろな事を教へてもらつた。

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が、1箇月がたつて、時期がきたので、レンタカー会社の人が引取りにきてしまつた。ポロは依然、直らない。


8 ポロが戻つてきて……

ガレージからくるまの姿が消えて2週間あまり。ディーラーから漸く連絡が入つた。ポロが直つた知らせである。

朝からてくてく歩いてディーラーまでとりに行つた。

ルーフを本国から空輸で取り寄せ、フロントガラスを交換、他にも鈑金でへこみを直したり、塗装をしたり……との事。保険を目いつぱい使つて修理してあつた。仕方がない。

一通り話を聞いて、運転席に着く。まだわづかしか乗つてゐないが、とまれ、愛車のシートである。やつぱりしつくりくる。少し塗装の臭ひが残つてゐる。お見送りを受けながら走り出す。

走り出して気付いたのだが、ポロ、結構じやじや馬だ。活溌なくるまである。兎に角走らう走らうとする。

116iがおとなしいくるまだつた事を、今更ながらに理解する。ポロは、アクセルを踏めばどんと加速する。排気量が小さいとは言へ、ターボがよく効くのである。ブレーキを踏めばきつちり止まる。これは116iと変らない。

しかし、運転の仕方は、116iとポロとでは、結果として全く異る風になつた。ポロを走らせると、やたら荒い運転になる。しかし、助手席に坐るおふくろは、116iよりもポロの方が安心して乗つてゐられる、と感想を述べた。ポロの方がゆれないのである。116iは足回りが少し固かつた。

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9 まとめ

ヨーロッパの自動車メーカには常に「思想」が存在します。BMWにはBMWのくるまの作り方があり、フォルクスワーゲンにはフォルクスワーゲンのくるまの作り方があります。高級車には高級車ならではの乗り心地の良さがあり、大衆向けの下駄ぐるまには下駄ぐるまらしい割り切りがある一方、どちらも或メーカのくるまとして、どこかしら同じやうな性格が与へられてゐるものです。

日本車の場合、どのくるまにもたいてい、何かしら「売り」があります。開発者の「こだはり」が表はれてゐたり、セールス部門からの要求によつて特徴的な機能が搭載されてゐたりします。しかし、それらは飽くまでそのくるまの個性でしかありません。もちろん、メーカの社風といつたものはあります。顧客に「感じられる」雰囲気はないではありません。けれども、くるまに乗ると判る、或は、くるまを見るとそれだけで判る、と云ふ「らしさ」は、日本車にはあまりありません。トヨタなどに悪い意味で「存在する」と言へなくもありませんが……。

スイフトにしてもデミオにしても、或はフィットにしても、いいくるまである、とは思ひました。が、スイフトからスズキらしさが、フィットからホンダらしさが「判る」ものであつたか――と考へると、それはどうだらう、と疑問に思はれます。スイフトは欧州向けであるからヨーロッパ風なのであり、フィットはトヨタへの対抗意識が根柢にあるやうにも感じられます。マツダのくるまには、今のマツダが目指す方向性が見出せました。が、ロータリーエンジンのマツダがロータリーを失つて、現在のマツダは新たなブランドイメージを構築中であるわけです。日本国内のみならずワールドワイドで売るために、くるまの乗り味をマツダも真剣に考へるやうになつた。

フォルクスワーゲンにしろBMWにしろ、乗り味を第一に考へてゐます。乗つてみればそのメーカのくるまだとわかる――さう云ふ乗り味。乗り味を通してメーカは「思想」をドライヴァに伝へようとしてゐる。もつとも、BMWの先代1シリーズはややBMWらしさが足らなかつたと評されてはゐますが。

実際に乗つてみた範囲で、そのメーカの「思想」を感じられたのはポロだけだつた、だからポロを買つた。そのやうに私の心理を説明してもいいでせう。斯うした買ひ方を、多くの人がしても良いだらうと思ひます。日本では、くるまを選ぶ時、くるまに乗らないで選ぶ――さう云ふ人が多過ぎる。さうした日本人の買ひ方を解つてゐて、トヨタにしろホンダにしろ、売り方を考へ、くるまの作り方を考へてゐる。その結果、トヨタもホンダも、「70点主義」とか「先進性」とかいつた抽象的な観念でしか、顧客には理解される事がない。具体的な「ユーザ体験」によつて理解されるべきブランドイメージを、トヨタもホンダも、或はその他の日本のメーカも、持ちません。

たしかに、日本国内だけで勝負するなら、それで十分でせう。しかし、今の時代、グローバル化は必然であり、さうなると、最早今の日本的なくるまの売り方ではダメなのです。