公開
2017-03-13
執筆者
いとう はむこ ( @hamuko_5364 )
執筆者からのおことわり
本文中にはいくつかの疾病とその治療に関する記述がありますが、全ていとうはむこ(以下筆者)の体験談です。筆者は医療者ではないため、筆者が取つてゐる行動には医学的に正しくない場合が多々あります。
特定の疾病の鑑別や治療に関しては専門医や総合診療医の指示に従つてください。素人診断によつて生じる如何なる結果についても筆者及び正仮名オルグは一切の責任を負ひかねます。

ぽんぽんぺいんにご用心/三 白濁(意味深)

白内障。目の疾患で、水晶体が灰白色や茶褐色に濁ることにより物が霞んだりぼやけたりして見える様になります。四十五歳以上の中高年に好発するとされてをりますが、原因によつては若年者にも起こり得る病気です。進行すれば失明し、一旦発症すれば現在の医学では手術以外の治療方法が存在しません。

筆者が異変に気付いたのは2014年以降でした。右目だけ視力の低下が進み、眼鏡は汚れてゐないのに視界が不鮮明な感覚が拭へなかつたのが最初に覚えた違和感です。そして視界は不鮮明なのにやけに光が眩しく、夏季冬季問はず晴天下での運転がストレスに感じ始めました。かと云つて夜なら夜で視力低下の影響をもろに受け、これも非常に辛い。

例によつて筆者は深く考へずに放置しました。運転免許の更新に支障を来す程の視力低下がなかつたことも筆者を無頓着にさせた原因と云へませう。しかし2016年の春先、突如強度の飛蚊症を自覚したところで、漸く眼科医を受診します。

これまた受診したら直ぐさま白内障の診断が下り、それ以降進行を遅らせる点眼薬を使用しながら経過観察となりました。前述の通り、白内障は一旦発症すると根治するには手術以外の手段がありません。進行を止めることもまた、出来ません。即ちいつか手術しなければならないことが決定付けられたのです。そのタイミングを計りながら生活することになりました。

丁度その夏、筆者は職務上の理由で一か月以上ほかの地域でレ〇パレス住まひの出張を命ぜられることとなります。当然上司には、件の病状で進行すれば手術が必要で、その場合は当時担当してゐた業務は術後管理の観点から数日間は遂行が不可能となる旨報告し、再考を促しました。

まあ。黙殺されたんですけどね。

一応上司のことを擁護してやるなら、筆者の年齢で手術が必要なほど白内障が進行するとは余り考へてなかつたのでせう。まあ、何かよく分からんけど。

さて、斯う云ふ場合は出張先で病状が悪化するのは世の常です。世の常でないのなら私の運気がさう云ふものだと云ひ替へませうか。まあ、本厄なら仕方ない(否仕方なくない)(つか歳隠した意味なくね?)。

斯くして急激に病状は進み、右目を鏡で見ると丁度瞳孔の真上に白濁した斑点が認めらるる様になりました。老齢の犬や猫の瞳が白濁してゐるのを見たことがあるでせう。丁度それの小型版の様な感じです。その頃は右側の視界が極端に狭窄し、距離感も狂つてしまひ、職務はおろか日常生活にすら悪影響が出る有様でした。医師の診断によれば術前検査の段階で右目は失明に近い状態だつたとのことです。創作中では隻眼の人物が何不自由なく生活してゐたりしますが、あれは所謂創作上の嘘と云ふ奴か、或は相当訓練を積んでゐる前提なのでせう。少なくとも筆者は片目が見えないだけで相当な困難を感じました。

果たして手術の日程を決めて休暇を取得するまではまた一悶着ありましたが、それについては勤務先への恨み事になりますので伏せます(伏せてない)。敢へて伏せず云へるのは、医師から最低限と提示された期間よりも何日か長い休暇を取得してやつた事くらゐでせうか。良がッペ?その直前一か月ろくに休んでねンだから(威圧)(訛り)。

さて肝心の手術は、術前の点眼など準備は必要ですが特にアクシデントがなければ30分程度で完了します。場合によつては日帰りでの治療も可能とのことです。勿論100%安全な手術は存在しませんから、不幸な合併症やアクシデントから失明に至る場合も極低い確率ながら存在する様です。

詳細は専門家が語ればいいのですが、この手術で筆者が実感したことは二つでした。

先づ一点、失明と云ふ言葉に抱く筆者の印象が誤つてゐたことです。さだまさしの『解夏』に失明とは暗闇を意味しない旨の表現がありました。筆者のそれは全盲ではなく、また原因も違ふため一概に同一視するべきではないのですが、筆者の右目の視界は、全てが白濁してゐる状態でした。あれで明暗が分からなくなつたのが失明だとしたら、盲目の世界は暗闇ではありません。それは宛ら「白い闇」です。なんか厨二病が疼くパワーある言霊ですね。あと、白濁の後ろに「意味深」と書けない筆者のフラストレーションを知れ(ダメです)。

二点目は即ち「世界とは斯くも明るい光に溢れてゐたのか」の一言に尽きます。この述懐には寸毫の誇張もありません。

右目の手術なので左目を覆はれて右目は開瞼器をかけて無影灯に晒される訳ですが、何しろ眩しい。白内障が進行した水晶体は白濁し光が乱反射してしまひますし、更に術前の点眼で散瞳を施してゐるのだから尚更です。その視界は只管に白く、ただ白く、どこまでも白い訳です。最早失明寸前の右目には恐らく文字通り目の前にあつたり眼球に挿入されたりしてゐるであらう手術器具も全く見えません。その意味では全く恐怖感もなく手術に臨めたことは僥倖と呼ぶべきかも知れません。グロ注意ですが、手術の動画はいくつもYouTubeなどに公開されてをりますので興味と耐性がある方はご覧いただくのも宜しいかも知れません。筆者も見ました……なにこれこはい。

前置きが長くなりました。斯くして右目から白濁し使ひ物にならなくなつたレンズが除去された瞬間のことを、筆者は一生涯忘れ得ないでせう。


その刹那、全てに光が戻りました。

その刹那、全てに彩が戻りました。


手術室ですから落ち着いた寒色と金属色と無影灯の色しかありません。それでも尚、視界を覆ふ白い闇が晴れてしまへばその景色から流れ込む光は鮮烈で、清浄で、そして美しいものでした。

手術完了後に眼帯を外した時も当然大変喜ばしかつたのですが、筆者の記憶では「光が戻つた瞬間」の衝撃と比較すると若干大人しい感動だつたと云へるのではないでせうか。

余談ですが、有名保険会社で提供されてゐる商品ならば、白内障の水晶体再建術を行つた場合出費の多くは給付金で賄へます。更にがん保険の特約や社会保険の高額療養費制度なども活用すると利益が出ることも珍しくないでせう。ただ、多焦点レンズを使用した先進医療の場合はまた事情が異なりますので、保険会社や専門医に確認してください。

筆者がこんな書き方をすると、白内障が大した事のない病気と誤解を招くかも知れませんが、誤解なき様。放置すれば最後は失明します。手術以外に根治術はありません。更に通常の水晶体再建術では手術後必ず老眼を発症し、元通りには戻りません。多焦点レンズなら遠近両用で見えるとされてゐますが、実際にはイメージするほど簡単ではない様です。罹らないに越したことはありませんよ。

シリーズ・ぽんぽんぺいんにご用心

  1. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 一
  2. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 二
  3. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 三
  4. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 四
  5. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 五
  6. 闘病記/ぽんぽんぺいんにご用心 参照文献